37執行代の引退に関して

こんにちは。37執行代代表の木下です。長らくブログを更新しておらず失礼しました。先日、第43回鳥人間コンテスト2021が終了し、37執行代は引退する運びとなりましたのでご報告させていた だきます。

37代に執行代が引き渡されたのは昨年の8/13のことでした。新型コロナウイルスの影響で半年ぶりの活動再開となったものの先行きは不透明なまま。今まで引っ張っていただいていた36代も8/12をもって引退の決断をされ、まさしく37執行代は暗闇の中で始まりを迎えたと言えると思います。それからというもの、何度もコロナの影響で活動停止の指示がでるなか、必死で作業を進めていく日々が続きました。その中でも非常に大変だったのは次の2点でした。

1点目は何度も鳥コンの辞退を考えたこと。鳥コンには書類審査という難関さえくぐり抜ければ、よほどのことがない限り出場できるのが普通でした。しかし今年は、鳥コン直前の春ごろに活動制限が敷かれたことで、多くのチームが苦境に立たされました。審査に合格しているにも関わらず、出場辞退という英断を下したチームがあったことも記憶に新しいところだと思います。自分たちの鳥コンに出たいというエゴと、パイロットの安全を天秤にかけることはあってはならないことです。本当は全員鳥コンに行きたいのに、何をもって鳥コン出場に耐えうる条件がそろったと言えるのか、何をもって辞退するべき状況とするのか、部内で議論するのは正直かなりつらかったです。最後まで逃げずに話し合いに参加してくれたチームメンバーには感謝していますし、結果的にパイロットが無事に帰ってきたことはその賜物だったと思っています。

2点目は鳥コンに行ける人数が制限されたこと。新型コロナウイルスの感染が収まらないなか、大会を運営するにあたって非常に重要な措置であったことは理解していますし、私が今から申し上げることはそれを批判するものではないことは明言しておきます。しかし今まで苦楽を共にしてきた同期や後輩を置いていくことを断腸の思いで決断したことは、消えない私の汚点です。設計や製作側の仕事が機体を鳥コンで飛ばすことなら、代表の仕事は鳥コンにメンバー全員を連れていくための運営をすることだと思っています。それにも関わらず、私は全員を連れていくという職責を果たすことができませんでした。いけなかったメンバーには大変申し訳なかったと思っています。

だいぶ暗い話を書いてしまいましたが、それでもこんな時代を乗り切り、プラホから機体を送り出せたことは、37代として、代表として誇りに思っています。37代と作業場で一緒に笑い合い、ぶつかり合い、そして最後の鳥コンで号泣したことは、忘れられない思い出です。あきらめる理由は星の数ほどありました。しかしわずかに残ったあきらめない選択肢を選び続け、この奇跡の日々を駆け抜けて、琵琶湖までたどり着けたのは、一緒に戦ってきたのが他でもない37代だったからです。37代だったからこの羅針盤なき航海をやり遂げることができました。本当にありがとうございました。

公式ブログでのあいさつにも拘わらず、かなり37代向けの内容になってしまい申し訳ございません。末筆となりますが、まずは37執行代の運営にご協力いただいたOBGの皆さま、本当にありがとうございました。コロナによる活動停止で様々なノウハウが消失する中で、37が鳥コンにたどり着けたのは皆さまのご教授のおかげだと思っています。そして未来のWASAに向けて。先行きが未だに見えない状況ですが、どうか当たり前に鳥コンを目指せる世界が訪れることを祈っています。そして君たちも、我々と同じように、琵琶湖で笑って鳥人間生活を終えてください。これからのWASAの歴史にも、幸多からんことを願って。

 

早稲田大学教育学部理学科地球科学専修3年

早稲田大学宇宙航空研究会 鳥人間Project 37代代表 木下岳

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。